写真を撮って現像しない風潮に強めに警鐘を鳴らさせてください
みなさん、写真は撮りますか?
今ではほとんどの人がスマホを使い、保存できる枚数も増えているので、昔とは比べ物にならないほどの枚数の写真が1日に撮られていると思います。
この瞬間も写真は撮られているのです。パシャリ。
2016年のMMD研究所調査では、スマホユーザー1人辺りの平均的な写真保存枚数は1351枚。10代の女性にいたってはなんと平均3072枚の写真を保存しています。
参照 : スマートフォンカメラの利用に関する調査
(ちなみに僕のiPhoneには1万5千枚入ってました。)
しかし、僕はここで聞きたい。撮っただけで満足なの?プリントしないの?と。
写真現像の現状について
ちょっとダジャレみたいになってしまいましたが、写真現像を取り巻く状況は悪化の一途をたどっています。それはなぜか?
理由は明白です。デジタルカメラの普及によるフィルムカメラの減少。そしてスマホの台頭。特に、最近のデジタルカメラやスマホは十分画質がいいので、ディスプレイでもきれいに見えますよね。現像の必要がなくなっているのかもしれません。
写真屋さんはピーク時の34000店舗から9000店舗に(2013年時点)なっているらしく、なかなか厳しい戦いを強いられているようです。
やや、これは由々しきこと。写真は現像されてなんぼでしょう!せっかく撮った写真をただのデータとして残しておくだけなんてもったいない!僕はそう思ったわけです。
SNSでの共有もいいですが、実際にプリントした写真の良さもあるはずです。
プリントされた写真の良さとは。
まず、写真を現像するメリットを考えましょう。
- プリントされた写真には味がある
- アルバムにできる(残すことができる)
- 飾れる
- 贈れる
などなど。
プリントされた写真には味がある
電子書籍は嫌で、紙の本のほうがいいという人は多いのに、なぜ写真はデータのままでいいのですか?プリントされた写真には味があるのです。これについては多くを語る必要はないでしょう。
写真を手に取って眺める。パソコンやスマホの画面で眺める写真とは、全然違う良さがあります。これだけでもう素晴らしい!
アルバムにできる(残すことができる)
スマホでもアルバム作成できるよとか、揚げ足撮るようなこと考えた人は誰ですか?!写真アルバムとはどういうものなのか考えてみてください。
常に持ち歩くもの? ちがう。
電源が切れたら見れなくなるもの? ちがう。
形に残らないもの? ちがう。
時が経てば経つほど、プリントした写真は価値が増します。
写真をプリントし、アルバムに入れて、しばらく見ない期間があるでしょう。ふとした時にアルバムを開き、「ああこんなこともあったなあ…」と懐かしく思うそんな時間、プライスレス。
アルバムをめくる手が止まらなくなって、時間の経過を感じることでしょう。こんなの形のあるアルバムでしかできません。
僕はいつもめくりながら、小田和正の歌が聞こえてきそうになります。
~時を超えて~
~君を愛せるかい?~
~本当の君を~
~守れるかい?~
涙でそう。
飾れる
最近はデジタルフォトフレームなんてものもありますが、実際の写真には勝てないかなって僕は思います。まあこれは人それぞれかもしれませんが。
僕はデジタルフォトフレームの写真は無機質に感じてあまり好きじゃありません。
「想い出の1枚を飾る」という行為がなんかいいなって思いません?
それがだんだん増えていって、気づいたら何枚も写真立てが増えていって、自分の好きな景色とか人とか想い出に囲まれて生活するのって、幸せ感じません?
贈れる
スマホのほうが圧倒的に楽に、かつ速く送ることのできる今だからこそ、わざわざプリントされた写真が贈られると、そこにはきっとスマホで写真を送るという行為では得られないなにかがプラスされます。
温かい気持ちになれるはずです。
そんな写真を贈られた人は、きっとその写真を見返したときに、贈ったあなたを思い出すでしょうし、そのときの気持ちも思い出としてよみがえるでしょう。写真を贈りものにしませんか?
まとめ
写真をプリントしない人が増えている現状に僕は激しめに警鐘を鳴らします!
カンカンカンカン!!!(警鐘の音(イメージ))
プリントされた写真に良さがあるのは分かってもらえたでしょうか?撮って、SNSにあげて満足なのもいいかもしれませんが、プリントして見る写真の良さにももっと気づいてほしい。
インスタ映えする写真とか、加工するのもいいけど、素の姿を撮った写真をアルバムに残してほしい。
実際に写真として出てきて、撮った写真を並べるだけで、「ああ、写真っていいなあ」って感じるんです。
みんなもっと知って!気づいて!プリントされた写真の良さに!